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最後のアンナミラーズ

東京都港区のあるレストランが話題になっている。この文章を書いている令和4年8月現在、店には連日たくさんの客が詰めかけ、朝から並んで整理券を取っても入店できるのは夕方という状態だ。

 

「そんなに人気なら一度行ってみよう」という人もいるかもしれない。残念ながら、もし今から徹夜で店頭に並んだとしても、席に案内されることはないだろう。店は8月末の閉店が決定しているからだ。

 

このレストランの名前は「アンナミラーズ」。昭和48年、青山に1号店を出店し、最盛期には首都圏に20以上の店舗を構えた外食チェーン店だ。しかしこの10年ほどは、品川駅前の「高輪店」のみで営業。最後に残ったこの店もついになくなるとあって、名残を惜しむ人々が押し寄せたというわけだ。

 

アメリカンフードとホームメイドパイを主力に、他のレストランチェーンとは一味違う個性を打ち出してきたアンナミラーズ。料理の評判もさることながら、これまで多くの人を惹きつけてきたのは、ウエイトレスが着る制服の魅力によるところも大きい。

 

かわいいパフスリーブのブラウスにタイトなミニスカート、吊りスカート風のエプロン。創業から半世紀近く変わらない制服はメディアでたびたび取り上げられ、漫画やテレビドラマに登場することもあった。ネットでは「元祖萌え系制服」などと言われ、秋葉原から全国に広まったメイドカフェの源流とも言われている。アンナミラーズ創業当時に「萌え」という概念はまだなかったが、今この制服の魅力を簡単に説明するなら、これが一番便利な言葉なのかもしれない。

 

とはいえ、いわゆるアキバ系文化の中で語られる「萌え」とアンナミラーズの制服に感じる「萌え」をひとくくりにしてしまうのは、ちょっと違うなと個人的には思っている。

 

メイドカフェの特徴は言うまでもなく「かわいいメイド服の店員がいること」だ。ご主人様(客)がメイド姿に感じる「萌え」は、重要な商品として提供されている。

 

いっぽうアンナミラーズでは、制服を前面に出して店をアピールすることはほとんどなかった。もちろん自分たちの制服の魅力も話題性も、十分承知していただろう。そのうえで「うちの一番の商品は美味しい料理とパイです」という姿勢を最後まで崩さなかった。

 

これを「建前」と受け取るかどうかは人それぞれだが、そのおかげで我々も美味しい料理とパイを食べに来たという姿勢を保ちつつ(実際とても美味しい!)、ついでに制服を見るともなしに見ることになる。メイドカフェやアニメやゲームといったアキバ系文化が生んだ「高度に商品化された萌え」とは異なる、もどかしさと奥ゆかしさを複雑に含んだ感情が、そこに生まれる。もしかしたら本来の「萌え」とは、こういう気持ちなんじゃないかと思ったりもするのだった。

 

ひとまず全店閉店となったアンナミラーズ。現在、新規出店の道を探っているとのことだ。またお店でチェリーパイが味わえる日を、楽しみに待ちたい。

 

小学館『ビッグコミックオリジナル』2022・09

 

※画像は『OL制服図鑑』(森伸之著・読売新聞社 1998)より。画像内の記述は1998年当時のものです。